当社の化学品およびフットウェア事業は日本を核として、中国、韓国を中心とする東アジアとの取引が中心となっています。同地域とは近しい隣人でありながらも、歴史的な経験から日本の印象は決して好ましくありません。現在の日本を理解していただくためには、かつての「米国フルブライト奨学金」にならい、日本に滞在している留学生を支援することが長い目でみて将来の親日家を育てることになると考えて、大阪国際交流センターの協力を得て、2007年8月に当社の冠奨学金「岡畑清風奨学金」を設立しました。

「岡畑清風奨学金」留学生
同奨学金は、関西に在住する大学留学生を対象に入学から卒業まで4年間継続して支援することとしております。
卒業生は、母国に戻り、あるいは日本で就職をするなどさまざまですが、どの地にいても、将来必ずや日本との強い架け橋となってくれると信じています。
「岡畑清風奨学金」留学生の一言
中国で3ヵ月ぐらい独学で日本語を勉強しました。1年間日本語を勉強して大学に入りました。環境都市工学部では初めての中国人留学生です。中国でも砂漠下などが大きな問題となっています。母が中国で植林事業に携わっており、その影響もあって「街づくり」に興味を持ちました。四川大地震の被害の大きさを見て、日本で植林事業や街づくりを勉強したいと留学を決心しました。勉強が大変でアルバイトができませんので、奨学金をいただけたことは本当に助かりました。4年間継続して奨学金がもらえるようにしっかりと勉強したいと思います。どんな困難も、なぜこの国に来たのかを常に考え、努力することによって乗り越えられると考えています。日本人の友達も増え、勉強だけでなく学生生活もエンジョイしています。
幼い頃から一人暮らしをしてみたいと考えていました。高校で日本語を学び、日本に留学しました。アルバイトと勉強の両立は大変ですが、楽観的な性格で、いつも「何とかなる」と思って頑張っています。大学3年になり、就職活動もはじめました。日本語も英語もうまくなり、どこでも仕事ができるようになりたいと思います。日本の女子学生は少し幼くて、友達はどうしてもアルバイト先の人になってしまいます。時にはカラオケで気分転換をします。大阪は食べ物もおいしいし、人も優しくて大好きです。親切で時にはお母さんのように怒ってくれる大阪のおばちゃんが特に大好きです。
上海で大学を卒業、日本の先進技術を学ぶために留学を決心しました。父が大阪に語学留学をしていたことから、留学するなら大阪へと勧められました。大阪は第二の故郷です。大都会の上海から大阪に戻ってくると何故かホッとしてしまいます。日本だけでなくどこに留学するにしても、覚悟が必要だと思います。中国人の若者は家族と一緒に住んでいて、自立した生活をしていません。僕も日本に来る前には、一人では何もできませんでした。両親には留学前にそのことで心配をかけました。今は何でも自分で考え、行動をしています。その経験が人生を豊かにしてくれると思います。日本にいる間に北海道と沖縄には是非行きたいと思います。
私の故郷・南京市には秦淮河が流れています。小学校の頃はゴミと悪臭で河に近づくこともできませんでした。今はとてもきれいになり、時々魚も見えます。環境問題を解決するには、人間の意識や技術と同じぐらい法整備が必要だと思います。そう考えて法律を勉強しようと決心しました。現在多くの中国人は英国・米国に留学をしています。その中で自分の判断で日本留学を決心しました。過去の悲しい中日間の歴史のため、祖父母からは日本への留学を強く反対されましたが、何度も話し合いをした結果、最終的には両親が「息子を信頼している」という言葉とともに、日本へ送り出してくれました。留学後は2年間日本語を勉強。その後大阪大学へ入学しました。目標は国際弁護士になることです。清風奨学金をいただいたことで、アルバイトをせずに勉強に励むことができます。8年後には日本の弁護士資格をとり、その後2年で中国の弁護士資格を取得して、国際弁護士になり、将来は日本と中国の架け橋となりたいと思っています。
交流会で日本の伝統を楽しむ留学生たち
















